子供が「なんで〇〇は〇〇って言うのか?」と聞くことがある。
何かで、お母さんであれば太陽の「カッカッ」とかから
「カァ」さんになったとか知っていたので説明できるが
「なんで『なんで』は『なんで』って言うの?」などの
質問になってくると分からなくなってくる。
母さんの「カッカッ」は擬態語・擬音語をルーツとする
言葉群の分類とかになるのだろうか。
(言葉の語源を研究する専門家ではないので詳しいことは
分からないが。)
「なんで『なんで』は『なんで』って言うの?」という問いに
分からないなりにひねり出した答えは
「誰かが何かを誰か別の人に聞く時に『なに』という音を
発していて、それを見聞きした人が『なるほど、何かを人に聞く時は
こう言えば良いのだな』と思ってその人も『なに』を使うようになった。
またそれを聞いた人が使うようになって、気がついたらみんなが
『なに』を使うようになったから、『なんで』は『なんで』って言う
のである。」
ということである。
つまり自然発生+デファクトスタンダード化ルーツ語群である。
デファクトスタンダード化であれば、例えば誰かが「今日から
りんごは『あああ』と呼ぶことにする」と言って、もしも
日本全国民の人をりんごのことを『あああ』と言わせることに
成功したのだとしたらりんごの新しい呼び方は『あああ』に変更に
なるのであろう。
自然発生については、それではそのさらに大本は何か?となってくる
のであるが、ルーツをたどれるものもあるだろうし、いろいろなルーツが
あって「これだ」というものには到達できなかったりと、
多分にデファクトスタンダードの要素を持っていると思われるのである。
単語に限らず、それこそ文法に至っては、ルーツを辿るとかの話ではなくて
「大和民族は自然にSVOの文法になっていった」とかになるわけである。
これは広く言ってしまえば有機体の自己完結性で出来上がった、と言える。
例えば人とか動物になぜ足があるか?についても理由は色々と考えられて
ルーツを辿る研究もあるのだが、言葉も人という種別が有機体として
人から人へ継承して作っていったものの一部なのである。
よく言われる通り子供の質問とは本質である。